未開拓の可能性を秘めた「におい」の世界
人間は五感を通じて外の世界を認識しています。このうち、カメラによる視覚、マイクによる聴覚、タッチセンサによる触覚などはデジタル化が進み、私たちの生活や産業を大きく変えました。
一方で、「嗅覚」は五感の中でも特にデジタル化や商用化が難しい領域とされています。においは人によって感じ方が異なり、記憶や周囲の環境にも影響されるため、客観的なデータとして収集・評価することが容易ではないためです。しかし、においを正確に測定・識別できるようになれば、製造現場の異常検知や食品の品質管理、病気の早期発見など、これまでになかった技術やサービスが実現され、私たちの生活はより安全で便利になることが期待されます。
太陽誘電はにおいの将来性に着目し、「においセンサ」の開発を進めています。嗅覚を補完・代替する技術として、今後においセンサをどのように発展させていくのか――その新しい可能性を信じ、開発を進める技術者に話を聞きました。
今回お話を聞いた技術者
K.S.
学生時代の学部・専攻:工学部 応用生命システム工学専攻
所属:開発研究所 開発企画部
2020年入社。機能デバイス開発部を経て2023年より現部署。入社当初より「においセンサ」の開発に携わり、現在は新規テーマの創出、事業化に向けた仕組みづくりを行う。
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※部署名などは取材当時(2026年8月)のものです。
「におい」が抱える課題
においを活用すれば私たちの生活や産業の中で発生している様々なサインに気付くことができます。しかし、嗅覚は人の経験や感覚に頼る場面が多くあり、記憶や感情との結び付きが強く、感じ方に個人差があるため定量化が難しい分野です。
例えば味覚には「甘味・酸味・塩味・苦味・うま味」の5種類の基本味があり、それらの組み合わせや強弱で評価することができます。同じように、においも複数のガス成分が嗅覚受容体(特定のガス成分に反応するたんぱく質)に相互作用することで認識されます。しかし、その嗅覚受容体の数は人間で400種類、イヌでは800種類、哺乳類で最も多いとされるアフリカゾウでは2,000種類あるといわれています。※1
そのため、複数のガスの組み合わせであるにおいには膨大なパターンが存在し、更にそれらを体系的に評価する共通の指標もないため、判定や評価が非常に難しいという課題があります。
この課題に対し、私たちは「人の嗅覚の仕組み」に注目しました。複数のセンサ応答を組み合わせてにおい全体の特徴を捉え、パターンとして解析することで、品質変化や異常の兆候を検知するにおいセンサの開発を進めています。
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※1出展:(2014)東京大学大学院農学生命科学研究科 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
「共同発表:アフリカゾウはイヌの2倍、ヒトの5倍もの嗅覚受容体遺伝子を持つ~ゲノムの比較が明らかにした哺乳類の嗅覚受容体遺伝子の多様性~」
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20140723/index.html
太陽誘電のにおいセンサ
太陽誘電のにおいセンサは単一のガスを検知するガスセンサではなく、「どのようなにおいか」を識別できる点が大きな特長です。
私は、「QCM(Quartz Crystal Microbalance)型」と呼ばれるにおいセンサを開発しています。これは、水晶基板上の膜に吸着したにおい分子の質量変化からにおいを検知するものです。においの成分ごとに吸着しやすい膜が異なるため、現在のモデルでは16種類の膜を組み合わせて、どのようなにおいかを判別しています。
更に取得したデータの解析にAIを活用することで学習済みのにおいパターンとの比較が可能となり、これまで人の感覚に頼っていたにおいをデータとして可視化し、判定を支援できるようになります。
においセンサのこれから
においセンサは人の経験や感覚に頼っていた判断をデジタル化する技術として、今後更なる活用が期待されています。
労働人口の減少やデジタルツインの社会実装が進む中、製造業や物流業、食品メーカーなどでは、設備の異常や品質の変化を早期に把握する手段として需要の拡大が見込まれています。また、人が不快と感じるにおいの検知や食品の食べ頃・品質変化の把握、日常的な健康モニタリングなど新たな用途も生まれつつあります。
AIの進化とともに人間の嗅覚を補完する技術として、においセンサの重要性は今後ますます高まっていくと考えられます。様々な社会課題や顧客課題を解決するソリューションとして当社のにおいセンサを活用していただけるよう、開発・実用化に力を入れていきたいと思っています。